スポーツ名場面ランキング 第2位 1999年全英オープンゴルフ
バンデベルデ、カーヌスティの悲劇
バンデベルデほど、メジャー初優勝への重圧がどれほどかを教えてくれた選手はいない。
私は今でも、バリーバーンに沈んだボールを打とうとして川に入ったバンデベルデの姿を、忘れることができない。
ニコニコ動画に、この年の全英オープンの映像が上がっていますので、リンクしておきます。
1999年全英オープンゴルフ カーヌスティの悲劇Part01 http://www.nicovideo.jp/watch/sm3668916
1999年全英オープンゴルフ カーヌスティの悲劇Part02 http://www.nicovideo.jp/watch/sm3669222
1999年全英オープンゴルフ カーヌスティの悲劇Part03 http://www.nicovideo.jp/watch/sm3669380
1999年全英オープンゴルフ カーヌスティの悲劇Part04 http://www.nicovideo.jp/watch/sm3669593
私が一番好きなプロゴルファーは青木功さんであるが、
2番目に好きなプロゴルファーは誰か?、と訊かれたら、私は迷わず、ジャン・バンデベルデと答えるであろう。
ゴルフを好きで、メジャートーナメントの放送をかかさず観ている人なら、彼のことを知っている人はいるであろう。
1999年、カーヌスティでの全英オープンで、最終日最終組で回って、17番ホール終了時点で2位に3打差をつけ、
最終ホールダブルボギーでも優勝という展開になりながら、池に入れてしまいトリプルボギーをたたき、
プレーオフで優勝を逃してしまった、あのバンデベルデである。
1999年、第128回全英オープンゴルフ。
この年は24年ぶりにカーヌスティでの開催となった。
前回1975年に開催され、トム・ワトソンが優勝した後、コースの状態が悪くなったために、
全英オープンの開催コースのローテーションから外れていたカーヌスティだったが、
コースの状態を戻し、ギャラリーを泊めるためにホテルを建てるなどの努力によって、今年久々の開催となった。
しかし、そのコースは、今までの全英オープンの中で一番難しい、と選手も関係者も口にするほどだった。
R&Aは、スプリンクラーを導入するなどしてコースの状態を非常に良くした。
そのかわりにメジャートーナメントの開催コースとして難しく設定したのだが、
その年は予想以上に雨が降ってしまったため、例年のコース以上にラフの草が伸びてしまった。
しかもリンクス特有の風がかなり強く、アイアンでティーショットを打ってもラフに入りやすい状況。
おまけにグリーンも乾いていて硬く、ボールをラフから打って止めるのはかなり難しい。
TV朝日の放送の解説者として現地にのりこんだプロゴルファー青木功さんも、
優勝スコアを+6と予想するほどだった。
全英オープンが開幕し、予選ラウンド2日間を観ると、そこには予想通りの難しいコースが広がっていた。
あのタイガー・ウッズですら+4。ボギーをたたいてもひたすら我慢してプレーする姿が印象的だった。
そのコースで、予選ラウンドを終えてトップにたったのが、J・バンデベルデであった。
この大会を見るまで、もちろん私はバンデベルデのことをまったく知らなかった。
しかし3日目、最終組でプレーしたバンデベルデは、神がかりと思えるほどのプレーを連発し、
私は彼に惹かれていくことになる。
3日目。バンデベルデは2番ボギー、3番バーディ、4番ボギーのあと、7番でバーディをとって+1に戻した。
この時点で既に、テレビ朝日の放送での戸張捷さんも、
「バンデベルデはパッティングの調子が非常にいい」と話していた。
その後の放送の中では、バンデベルデのことがいろいろ明かになっていった。
彼が10数年のプロ人生のなかで、6年前のヨーロッパツアーの1勝しかしたことがないこと、
全英オープンには過去5回出場し、最高位は34位であること。
今回の全英オープンは予選に出場して、トップて通過して切符を手にして本選に乗りこんできたこと。
バンデベルデがフランス人であること。
全英オープンでは92年前の1907年に、アーノルド・マッシーというフランス人が優勝したことがあることなどだ。
私がバンデベルデを好きになっていったのは、なんといっても悲壮感ただよう精悍な顔つきである。
しかも今までたった1勝しかしたことがないという経歴も、彼を応援する材料だった。
それを後押しするように、その後信じられないスーパープレーを連発していくのだった。
8番ショートホールはグリーンを外しながら、寄せワンでパー。9番もパーオンしなかったが、タップインのパー。
10番からはミドルホールが3つ続くが、すべてドライバーでのティーショット。
この時点で既にドライバーを持つ選手はほとんどいないなかで、バンデベルデだけは頑なにドライバーを持ち続けた。
しかしその3ホール全てでティーショットはバンカーかラフに。セカンドはフェアウェイに出すだけ。
ショートアイアンでのサードショットでグリーンをとらえるというほとんど同じような展開。
普通の選手なら、ここで3連続ボギーでもおかしくないのに、バンデベルデは好調のパッティングがまた決まり、
10番は約4m、11番は約3mのパーパットを沈めてしまう。
さすがに12番はボギーにしてしまうが、
翌13番ショートホールはあわやホールインワンというティーショットを放ち、バーディ逃しのパー。
そして14番ロングホール。パーオンはしたが、ダブルグリーンの4番ホールの方へいってしまい、
20メートルを越す超ロングパットとなったが、なんとそれが入ってしまうバーディ。ビックリである。
もうこの頃になると、バンデベルデのプレーに酔いしれていた私は、すっかりファンになっていた。
この時点でトップのバンデベルデは+1。2位グループは+5。
既に2位に4打差をつけて、我が道をいく感じで突っ走っていた。
15番はグリーン脇のバンカーに入れてしまったが、ピン側1mに寄せるすばらしいバンカーショットでパー。
16番はパーオンして、2パットのパー。17番はまたグリーン脇のバンカーに入れてしまうが、
あわやチップインかと思うほどの見事なバンカーショットでナイスパー。
本当に今日のバンデベルデは、神がかっていた。
そして18番ミドルホール。パーオンしてきたバンデベルデは、10mほどのバーディーパットを、
大観衆が見守る中ど真ん中から沈めてバーディー。結局この日−1でまわり、ついにイーブンパーまでいってしまった。
2位に5打差。ウッズに7打差。ノーマンに8打差をつけて3日間終了。
これがもしウッズがトップであれば、もう優勝は決まりであってつまらない。
しかし今回は、ヨーロッパツアーでたった1勝しかしたことのない選手が、
最終日トップで5打差で出るという状況に、私の心も踊った。
そして思った。「バンデベルデに優勝させてあげたい!。」
翌日の最終日。私はテレビ朝日の放送開始から、ブラウン管に釘付けになった。
果たして昨日までのような好調なパッティングを維持できるのか、
優勝カップが頭にちらついた時、今までのようなスイングができるのか、
メジャー初優勝の重圧にどこまで耐えられるのか、とにかくもう観ていたハラハラだった。
ついにバンデベルデの「カーヌスティの悲劇」の1日が始まった。
今日同じ最終組で回るのは、クレイグ・パリ−。昨日67という驚異的なスコアで回り、一気に2位まで上がった男だ。
1番ホール、ティーショットはスタンスがとりにくいバンカー脇のラフにいれてしまったバンデベルデだったが、
すばらしいショットでグリーンに乗せ、バーディーチャンスにつける。これを2パットで沈めてパーの出だしとなった。
ところが、前の組のフロストが2番セカンドでのスタンスをめぐって、競技員に猛抗議をして待たされてしまう。
これがバンデベルデの状態を狂わせたのか、2番パー4のティーショットをフェアウェイに置きながら、
セカンドショットをグリーン左のバンカーに外すと、1mほどのパーパットを外してしまう。通算+1。2位と4打差。
さらに3番パー4、アイアンでのティーショットが左のラフ。セカンドは横のフェアウェイに出すだけ。
パーパットは4mほど。これも外して連続ボギー。通算+2。
同組のパリ−がこのホールバーディで、+4。その差2ストロークに一気に縮んだ。
悪い流れは止まらず、4番パー4のティーショットは右のクロスバンカー。これもまたフェアウェイに出すだけ。
サードショットもグリーン右のカラーに止まり、3オンせず。もはや3連続ボギー確実の状況。
だが、バンデベルデはまだ死んではいなかった。
入れてパーというカラーからのパットが、なんとチップイン。ようやく悪い流れを止めることができた。
そしてやっと昨日のようなパットが決まった。とにかく観ていてホッとした瞬間だった。
5番から7番はパー。やっと落ちついたバンデベルデ。
その間に、2年前の全英オープンチャンピオン、ジャスティン・レナードが、6番でバーディを決めて+4。
パリ−と並んで2位に浮上していた。
ところが8番パー3で3mほどのパーパットを残してしまうバンデベルデは、これを外してボギー。通算+3。
パリ−はそのホールバーディをとり、ついにバンデベルデとパリ−が並んだ。
スタート時点の5打差は、わずか8ホールしか持たなかった。
9番パー4。ドライバーをとったバンデベルデはフェアウェイをキープ。セカンドショットも良く、
ピンから3mほどのバーディチャンスにつけた。これを見事に沈めて今日初バーディ。+2として、再び単独トップにたった。
レナードは10番でボギー。+5の3位に後退。
10番パー4。またもやドライバーのティーショットはフェアウェイをキープ。セカンドもグリーンにオン。
ところがパリ−も2オンして、バーディーパットを沈めてまたトップに並んだ。
それを見たバンデベルデはバーディーパットを外してタップインのパー。熾烈な優勝争いになってきた。
11番パー4。バンデベルデはアイアンでのティーショットを右の深いラフに入れてしまう。パリ−はフェアウェイど真ん中。
さらにパリ−はセカンドショットをバーディーチャンスにつける。
一方バンデベルデは意識的にトップめで打ってラフを出し、サードショットはピンを3mほどオーバー。
返しのパットを外してボギー。パリ−はバーディー逃しのパー。ついにパリ−が単独トップにたった。
このままパリ−が優勝してしまうのか。そんな事をチラッと考えた私だったが、
そんなパリ−の単独首位の座が一瞬で終わってしまうとは、本当に信じられなかった。
12番パー4。パリ−のティーショットは右の深いラフへ。今までキレのいいゴルフをしてきたパリ−が、
単独首位にたった途端、そのスイングが止まってしまった。しかし、バンデベルデも左のラフへ。
だがバンデベルデは大きく左に曲げたため、ギャラリーが踏みつけたラフでパリ−よりはいいところ。
ところがそのセカンドショットも左へ曲げてしまった。
もっといけないのはパリ−。出すだけのセカンドショットを今度は左のとんでもない深いラフへ入れてしまう。
予想通りサードショットは数ヤード出ただけ。おまけにまだ深いラフ。4打目は出たが、今度はグリーンをオーバー。
返しの5打目でオンしたが、まだ2mのパットを残してしまった。それを外して、なんとトリプルボギー。
一気に+5まで後退。もう誰が優勝するのか、まったくわからなかった。
バンデベルデはサードショットをなんとかグリーンオン。それを2パットでボギー。通算+4。
バンデベルデはボギーをたたきながら、たった1ホールで単独トップに戻ってしまった。
さて、放送開始からTVに釘付けだった私であったが、翌日は月曜日。当然仕事があった。
しかももう深夜1時をとうに過ぎ、もう寝なければならない時間だった。
しかし、バンデベルデはいまだに優勝争いをしていて、とても寝られる状態ではなかった。
そこで苦肉の策として、ラジカセからTVの音声だけを聞きながらベッドで横になることにした。
当然、私はその音声に耳を傾け続け、おまけにいいシーンが出ると、すぐにTVをつけてかじりつくことを繰り返した。
なんとしてもバンデベルデに勝ってほしい!。もうその一心だけであった。
13番パー3。トップに返り咲いたバンデベルデは1オンに成功。
パリ−はトリプルの後遺症からか右のバンカーへ。バンカーショットはピンを2m以上オーバー。
返しのパットも決まらずボギー。パリ−はたった2ホールで4打もたたいてしまい、一気に優勝戦線から後退してしまった。
バンデベルデは無難にパー。通算+4。
そして、今までずっとパーを重ねていたレナードが、14番でバーディを決めて、+4。
バンデベルデについに並んでトップにたった。
14番パー5。ぜひともバーディが欲しいこのホール。
バンデベルデはドライバーでのティーショットをフェアウェイに乗せてきた。パリ−は悪い流れを断ち切れずにバンカー。
バンデベルデは2オンに成功。イーグルパットは1m以上ショートしたが、
とにかく本当になんとかバーディーをもぎ取って、三度単独トップの+3に。
一方15番のレナードはボギーにしてしまい、ここにきてバンデベルデは2位に2打差のトップにまで復活した。
これを聴いて、私は今日全英オープンの優勝が決まるまで寝ないことを決意。
親にばれないために、1階の居間に下りてイヤホンをTVにつないで、私はTVの映像を再び観始めた。
私はもう、バンデベルデの優勝を確信していた。
15番パー4。バンデベルデはティーショットを右に曲げに曲げて隣の4番ホールのバンカーへ。
また単独トップの重圧からだろうか。ところがそのリカバリーショットがナイスショット。
グリーン手前まで持ってきて、まだまだパーを狙えるところ。そのアプローチを2mにつけると、
やっと昨日のパッティングが戻ってナイスパー。
16番パー3。バンデベルデはティーショットをグリーン左に外してしまう。
しかしアプローチを1mにつけると、パーパットもきっちり決めて、+3をキープ。いよいよ優勝が近づいてきた。
17番パー4。残り2ホール。アイアンでのティーショットはフェアウェイど真ん中。
セカンドショットはグリーンオーバーしてカラーに止まった。パターでの寄せは30cmにつけてナイスパー。
そしてレナードは18番、ギャンブルでセカンドグリーンを狙い、池にいれてしまいボギーで+6に。
バンデベルデは最終18番ホールを残して、2位に3打差をつけたことになった。
この時点で、TVを観ていた人の99%は、バンデベルデの優勝を信じて疑わなかったであろう。
中にはもう優勝が決まったと思いこみ、寝てしまった人もいたかもしれない。
最終ホールダブルボギーでも優勝。しかし、ここから、「カーヌスティの悲劇」は、始まってしまった。
「カーヌスティの悲劇」
最終18番ホール。パー4。
フェアウェイの両サイドとグリーン手前を横切っている、バリーバーンという小川がやっかいなホール。
通常はパー5として使用されるこのホールも、メジャーとしての難易度を高めるためにパー4に設定されていた。
このホール、2打でグリーンを攻めるとしたら、結構難しいホールになるが、
3打で乗っければいいと考えれば、それほど難しくはない。
ティーショットさえ池に入れなければ、セカンドを池の手前に刻んで、サードショットで乗っければいいからだ。
しかし、バンデベルデは最終ホールのティーショット、ドライバーを手にした。
そのティーショットは、大きく右にいってしまった。肩が回っていなかった。やはり、硬くなっていたのだ。
だが、幸いにも池に入らなかった。隣の17番のティーグランド手前の短いラフに止まり、
結果的にこのティーショットはミスショットでありながら、ほとんどフェアウェイのようなトコに落とすことができた。
でもよく、こんな狭いとこに止まってくれたものだと、改めてつくづく思う。
この時点では、まだ悲劇は始まっていなかった。
ここからは、直接グリーンを攻めるか、小川の手前に刻む2つの方法が考えられた。
ダブルボギーでも優勝であるなら、無理にグリーンを狙う必要はまったく無いわけで、誰しも刻むだろうと考えていた。
ところが、バンデベルデは直接グリーンを狙うクラブを選択。これがすべての悲劇の始まりだった。
2打目。またもや優勝のプレッシャーで肩が回っていなかったバンデベルデのショットは、
完全に右にいってしまい、グリーン横のギャラリースタンドの壁に当たってはねかえり、
一度越えたバリーバーンを再び越えて、ひざが隠れるほどの深いラフにはいってしまった。
17番まで、あれだけキレのいいスイングをしていたのに、プレッシャーで肩が回らなくなってしまう。
メジャートーナメントを勝つことがいかに難しいか、それを教えてくれたショットだった。
3打目。ボールが見えないほどの深いラフ。とりあえずバリーバーンを越せば問題ないのだが。
そして、運命のショットを迎えてしまった。
手が動いていないバンデベルデのショットは、無情にもバリーバーンへ。
ついに、起こってしまった悲劇。
「入った!」TVを観ていた私は、その光景が信じられなかった。
バンデベルデの優勝を信じて疑わなかった私は、そのいきなりの展開に呆然としてしまった。
しかもバンデベルデは、バリーバーンに落ちたボールを凝視すると、対岸に渡ってさらに凝視。
すると何と靴下を脱いで、川に入ってウォーターショットを試みようとしだしたのだ。
実際、ボールの4分の1が水面から顔を出しているような状況なので、
もしかしたら成功するかもしれないが、もし失敗してしまったら彼の全英オープンはここで終わってしまう。
誰もがウォーターショットはやめて、プレイオフを目指してほしいと願っていた。
幸いにも、川に入ったバンデベルデの波紋によってボールは沈み、岩の間に入ってしまい、
完全に打てない状況になり、バンデベルデは仕方なくあきらめてボールを拾ったのだった。
この、川に入って打とうとしたバンデベルデの行為が、よりこの悲劇の伝説化を高めているとも言えるだろう。
多くのゴルフファンは、彼が川に入って打とうとしたときのことを、忘れることができないだろう。
さて、打ち直しの5打目だが、ドロップするところがなかった。
バリーバーンの手前はもとより、そこからいくら遠ざかっても、深いラフが続いており、
おまけにギャラリーが埋め尽くしているところはなんとOBゾーン。
バンデベルデは深い深いラフの中で、ドロップして5打目を打たなければならなかった。
もう、私は泣きそうな状況だった。いったい神様は、いくつ彼に試練を与えたらいいのですか。
下手すりゃ、また池に入れてしまう可能性すらあった。
幸いにも、ドロップしたボールは一度跳ねかえったため、最悪の状況は回避されたが、
もうとりあえず川を越えてくれ、それしか祈ることはなかった。
とにかく勝つということの本当の大変さを、嫌というほど見せつけてくれたことだけは事実だった。
5打目。今度はしっかり振りぬいたショットは、バリーバーンを越えたが今度はバンカーにつかまってしまう。
これでバンカーから1オン1パットでプレイオフ。もうプレイオフに残れるかの瀬戸際まで来てしまった。
神様はさらに悪戯をし、バンデベルデの前に同じバンカーから打つパリ−のショットを、
チップインさせてしまった。
「このバンカーショットが欲しい!」解説の青木功プロのこの言葉が、今でも耳から離れない。
6打目。バンデベルデのバンカーショットは、1m半といったところか。
「がんばれ!」青木さんや戸張さんからもしきりにこの言葉がかけられた。
もう誰もがバンデベルデのことを、応援していた。
7打目。入れてプレイオフ。外すと優勝を逃す1m半のパッティング。
最後の最後にパッティングだけは好調時のを残しており、バンデベルデはねじ込んでプレイオフの権利を残したのだった。
まだバンデベルデは死んでいなかった。まさに奇跡のパッティングだった。
トリプルボギー。
バンデベルデは、レナードと地元スコットランドのポールローリーとの3人のプレイオフをすることになった。
バンデベルデの最終ホールを観終って、正直言葉がなかった。
すごいシーンを観せてもらった、もうそれしかなかった。
今まで私は、何度も優勝のプレッシャーに押しつぶされて、自滅していった選手をみてきた。
しかし、たった今バンデベルデが見せてくれた自滅は、今まで観たことのないほどの自滅劇であった。
これほどまで、メジャートーナメントの優勝というものが、プレーしている選手にとってとてつもない重圧であることを
TVで観ているゴルフファンに、実際にコースに観に行っているファンに、教えてくれたプレイヤーはいなかった。
しかも、バンデベルデは今までたった1勝しかしたことがなく、
フランス人として92年ぶりの優勝、初のマンデートーナメントからの優勝、という大記録を打ち立てるか、
最終日に2位に5打差をつけてスタートして、果たしてそのまま優勝することができるのか、
とにかくあらゆる面で彼の一挙手一頭足に、世界中のゴルフファンが注目していた。
そんな中でバンデベルデは重圧に負けそうになりながらもなんとか持ちこたえ、
最終ホールを残して2位に3打差をつけるという展開は、
もう誰もがこのままバンデベルデが優勝するだろう、と思っていたはずだ。
いや、ここまで頑張ったひたむひなフランス人プレイヤーに、世界中で多くのファンを獲得していたであろう。
彼に優勝させたい!、そう思って観ていた人は、かなり多かったのではないか。
そこに信じられないトリプルボギー。
もう、忘れようとも、忘れることは出来ないシーンになってしまった。それは私だけではないだろう。
このシーンを観て、私はさらにバンデベルデのファンになってしまった。
もう、青木さんを除いて、世界中で一番好きなプロゴルファーになってしまった。
しかしまだ、この大会のバンデベルデは終わったわけではない。
まだ、プレイオフが残っていた。
全英オープンのプレイオフは、まず4ホールのストロークプレーによって争われる。
それでも決着がつかない場合は、サドンデスということになる。
今回は、15番〜18番が使用されることになった。
プレイオフ最初のホール、15番パー4。
オナーとなったバンデベルデは、迷うことなくドライバーを手にしたのだが、
まだ先ほどの悪夢が尾を引いていたのか、大きく左に外してブッシュの中にいれてしまう。
続いてローリー。同じくドライバーでのショットは、深い左のラフへ。
最後にレナードはスプーンを持ったが、なんと彼も左のラフにいれてしまった。
3人とも大きく左に外す、まさに波乱の展開となってしまった。
ローリーとレナードのボールは問題ないが、バンデベルデはボールが見つかったものの、
結局アンプレアブルになってしまった。
バンデベルデは3打目を打つために、カップとボールの位置を結んだ後方へ行って、ドロップしやすい位置を探すことに。
もうなんかドタバタという印象の強いプレイオフになってしまった。
やっとドロップして、ようやく3打目。結局フェアウェイに出しただけ。
ローリーの2打目も、無理しないでセミラフに出しただけ。レナードも同じくフェアウェイに出すだけ。
レナード3打目は、グリーン右脇に外れた。ローリーも3打目でグリーンに届かず。
バンデベルデの4打目は5mくらいにオン。
ローリーの4打目はパターで50cmによせてボギー。レナードは1m強オーバーしたが、返しを入れてボギー。
バンデベルデは2パットでダブルボギーのスタートとなった。
2ホール目の16番250ヤードパー3。
オナーのローリーは、3アイアンでのティーショットでグリーン右のバンカーへ。
レナードは、2アイアンでのティーショットでグリーン左のラフへ。
バンデベルデは、チャンスだったのに左手前のバンカーへ。結局3人ともグリーンに乗らなかった。
2打目。バンデベルデはピン奥2m。レナードはミスショットでグリーンに乗らず。ローリーはピン奥1m強。
レナードの3打目は、まだ1m強残してしまった。
パットはバンデベルデから。しかしパーパットは惜しくも外してボギー。+3。
続いてローリーのパーパット。これも外れてしまいボギー。+2。レナードはしっかり決めてボギー。+2。
3ホール目の17番パー4。
オナーのローリーは、アイアンでのティーショットでフェアウェイをキープ。
レナードもアイアンで、セミラフになんとか止まって、池はまぬがれた。
バンデベルデもアイアンで、フェアウェイをキープした。
レナードからのセカンドは、ピン手前10mほどにナイスオン。
ローリーは2m強にナイスオン。バンデベルデはローリーの後方にナイスオン。
レナードのバーディーパットはカップの縁に止まってしまった。パーで+2かわらず。
バンデベルデのバーディーパットは、しっかり決めてバーディー。+2。
しかしローリーもバーディーを決めて、ついに単独トップにたった。+1。
最後の18番ホール。
オナーのローリーは、なんとドライバーでのティーショット。これがフェアウェイど真ん中。
これで、勝負ありだった。ここで、優勝者は決まってしまった。
バンデベルデは左の深いラフへ。レナードはなんとかフェアウェイに止まった。
バンデベルデは悔しいながら、刻むしかなかった。しかしこれもラフに入ってしまった。
レナードの運命のセカンドショットは、無情にもバリーバーンに入ってしまった。万事休す。
ローリーのセカンドは、ピン手前1mにつけるスーパーショット。
優勝は、ポール・ローリー。地元スコットランド出身。初のマンデートーナメントからの優勝というおまけ付きだった。
一応、その後のプレーも書いておこう。
バンデベルデのラフからの3打目は、10mほどにナイスオン。レナードの4打目は3mほどにつけた。
バンデベルデのパーパットは惜しくも入らずボギー。+3。
レナードはボギーパットを見事に決めてボギー。+3。
そしてローリーは、見事にバーディーを決めたのだった。±0。
でも、ポール・ローリーには悪いが、
今年の全英オープンは主役も主人公も、ローリーではなかった。あくまでも優勝者、というだけ。
それほど印象が薄い。おそらく、数年後にはその名前すら忘れ去られてしまうかも知れない。
今年の主役は、誰がなんと言おうとバンデベルデであった。
おそらく、彼の名前は、10年、20年、いや50年たっても、永遠に人々の記憶の中に残り続け、
彼と同じように自滅した選手が出るたび、バンデベルデが思い出されるであろう。
おそらく、私の今後の人生の中で、このバンデベルデの「カーヌスティの悲劇」を越えるスポーツの名場面は、
絶対に現れないであろう。
でも私は信じている。いつか、必ず、再びバンデベルデが全英オープンに戻ってきて、
リーディングボードのトップにたって、優勝カップを受け取るシーンが観られることを。
もし、その時がきたら、黙って2位の座を譲ろうではないか。